死に目に合うのは難しいから

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20年前の病院では、心肺停止時に家族到着まで心臓マッサージをするのが一般的、家族も医療者も死に目に会うことへこだわっていました。
年月が過ぎ施設勤務医となった今、心肺蘇生は行わない、死に目よりも日常にしっかり会っておく、ホント時代を感じさせられます。
死に目に会う難しさ

親の最期に立ち会うのは、
- いつ亡くなるかわからない
- 家族も高齢

思っている以上に困難です。
いつ亡くなるかわからない

医療者でも、入院中入所中の方がいつ亡くなるのか、ホントにわかりません。

テレビドラマのように、今晩がヤマです、と断言する医者なんてほとんどいないでしょう。

実際、呼吸状態が悪化しても、脈拍数が30回/分程度になっても、数日間その状態が続く方は多く、

また、交代で寝泊まりしても、トイレへ行っている間に突然の心停止だってありえます。
家族も高齢

そのうえ近年、90, 100歳の長寿が当たり前、子ども側も十分高齢となってきました。

状態が悪くなると、施設から頻回に電話がかかってきます。

そして、その度に夜間でも面会に来られる家族ほど、施設側もまた電話せざる得ません。

しんどさのあまり、死に目に会うことを希望する家族には、不謹慎な思いが湧いてきそうです。
立ち会えなくていい

やっぱり、
- 生きているときに十分会ってきたのなら、ムリして親の死に目に会わなくていい
そんな気がします。

弱っていく前も後も、日中に面会、

心肺停止後も、ムリせずゆっくりまた会いに行き、
- 夜間苦しまず、そのまま旅立った穏やかな顔を見て
急ぐことなく次へ取り掛かるイメージです。

施設勤務となって3年、
- いつかわからない瞬間に対し、24時間待機は続けられない
救急現場を離れて以降、とくに感じます。

もちろん、家族・親子の考え方はみなそれぞれで、

わたしも実家に寄った際は、
- これが最後の可能性だってある
最近そんなつもりで会ってます。
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