食べられない親にやっぱり生きてほしくなったら、気兼ねなく方針を変更しよう

親子や配偶者との関係は、当事者間でしかわからないことも多いでしょう。
“とにかく生きて欲しい” ストレートに表現しないと、他の家族にも医療介護者にも、すでに老衰を受け入れているとカンチガイされる場合があるかもしれません。
施設入所時の家族

移動・排泄・食事が難しくなり、自宅で暮らせなくなると、介護施設へ入所します。

そこで食事量が、
- 介助のおかげで増える人
- 環境の変化で減ってしまう人

どちらもありえますが、

長期で見れば、施設に入っても入らなくても階段状に食事摂取量は減っていき、いつかみんな食べられなくなります。

そのため、最期まで入っていられる施設ほど、食事形態や補助食だけでなく、経鼻胃管・胃ろう・中心静脈栄養など、死なないための栄養摂取手段をあらかじめ説明し、先の希望を確認し合います。

その際、ほとんどの家族は積極的な処置を希望されず、
- シンドイ思いをせず、自然に
という表現をされることが多いです。
食べられなくなってから、方針を変更してもいい

そこから家族は、面会でも、医師・看護師からの説明でも、数ヶ月数年と弱っていく過程を感じていきます。

そして、いよいよ口から食べられなくなり、医療者との面談において、

1-2ヶ月程度で亡くなる見込みを聞いたとき、
- 亡くなる現実を受けとめ、本人の苦痛緩和を気にかける家族
- はじめて本当に亡くなる事実に気づき、栄養摂取 (胃管、胃ろう、中心静脈栄養) を再検討される家族

どちらもおられます。

最終的には、当初の予定どおり、面会を増やしながら心穏やかにお見送りする家族が多いかもしれません。

しかし方針を変更して、鼻から胃へ管を入れて栄養をはじめてもいいのです。

もし気持ちの整理がつかないのなら、世間体 や 私たち職員 に気兼ねする必要は全くありません。

すぐに家族間で共有、一致させましょう。

もちろん、栄養を吸収できないほど弱っていれば、助からないかもしれません。

しかしそれでも、親や配偶者の生死を、理性だけで解決しようとしなくていいのです。

そのときになって、
- 信じられない
- ピンとこない

なら、焦らず急いであがいてみるのはどうでしょうか。

介護現場では他にも、肺炎などの感染症はやっぱり病院での専門的治療を希望します、といった方向転換も、ぜひ躊躇することなく教えて欲しいですね。
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