最近、集中豪雨の水害ニュースをよく見かけます。

亜熱帯地域になった日本では増えていくのでしょうか。

ウチの実家も8年前の西日本豪雨災害で床上浸水しました。

災害後の作業

当たり前ですが、川からの氾濫が止まるまで、家周囲の水は引きません。

3-4日して水がなくなると、家の中も外も泥だらけでした。

使いものにならないうえに、感染症になってはいけないので、水に浸かったものはすべて捨てます。

といっても敷地内も道路も泥だらけの状態、そのため、

  • 家の敷地内の泥をかいて、土嚢袋へ詰める
  • 水に浸かった家具や備品を外に出す
  • 指定された場所へ運ぶ
  • また家の中を拭く

梅雨明けの暑い中、休み休みでくり返しました。

それから水道が復旧するころ、

  • 1階の床や浸かった壁を剥がす
  • 床下の泥を土嚢に詰める
  • 柱と梁を洗う
商売をする若い男女

さらっと書きましたが、広島市内から混んだ国道を通いながら、毎週ちょっとずつ進む感じ、

とても困った老夫婦

床板を敷いて畳を搬入したのは数ヶ月後、それまで両親は2階暮らしでした。

反対中止を求める老夫婦

親介護あるあるですが、田舎者のウチの親は、

  • 他人の出入りがキライなので、家族がやるしかない
ウソをとぼける人、嘘つき

本人たちが一番大変なのでしょうが、周りの家族も大変、お金で解決できない問題を私も経験しました。

災害後の気づき

暑い中の作業は、親子で言い合いながら、協力しながら、

考える、計画するひと

いま振り返ると、

  • 移住、引っ越しする気はない
  • 2年くらいかけての修繕後、一気に老いた
聞く耳を持たない男性

子どもから論理的な合理的な提案をしても、とにかく変化をイヤがる状態は、親介護のリハーサルだった気がします。

落ち込み弱った老婦人

そして、いくらか住めるような建物になってから、急にアタマもカラダも動きが悪くなりました。

困惑するおじさん

災害や復旧との因果関係ははっきりしませんが、あっという間のシンドイ2年間は、老人にとってとんでもなくエネルギーを消費させられたのでしょう。

のんびり施設長

年をとると、

  • 災害も病気もケガも、急性期を過ぎてからがまた大変

準備できるものでもありませんが、いつまた自分の家族にやってくるかもしれない、そんな心づもりだけはしておきたいですね。

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